片想い(2) 夜の出来事


 その日、期末の決算書類の作成が間に合わず、和也は会社に泊まり込む羽目になった。あと二三時間もあれば書類は完成するのだが、すでに終電間際だった。翌朝一番には上司へ提出せねばならない。不本意ながら和也は、オフィスに一泊して仕事を完遂する事に決めた。

 近くのコンビニエンスストアで夕食を調達し、空腹を満たしてから書類作成を再開した。するとものの一時間もかからずに、目的の書類は出来上がってしまった。自分の見積もり違いを嘆いてみた所で、すでに終電は過ぎている。時間を持てあました和也は、オフィスの隅にある休憩所に移動した。据え付けのソファで一寝入りして朝を待つ事にしたのだ。

 だが夜中の二時頃、小さな物音に目を覚ました。人の話し声も聞こえた。

「いいから」
「でも・・」

 男女の囁き合う声だった。寝ぼけ眼の和也は合点が行かぬまま、休憩所の衝立から小さく顔を出し、オフィスの方を覗き込んだ。営業グループの一角に灯りが点っていた。二つの人影も見えた。まじまじと見つめる内、和也は目を疑った。あろう事かそこに居るのは、支倉由紀子と草間透の二人だったのだ。

「ほら、誰も居ないだろう?大丈夫だって?」
「勤務先のオフィスでも、勝手に入れば不法侵入なのよ・・」
「徹夜で仕事してたって言えば平気さ」
「でも・・」

 二人は和也の存在に気付いていないようだった。休憩室で眠る前、和也はオフィス内の明かりを全て消していた。後から二人が入室してきた時には、オフィス内は真っ暗だったはずだ。今日に限って和也が泊まり込んでいる事など、知る由もないだろう。無人だと思い込んでも無理はない。

 しかしこの二人が、どういう理由でこんな時間にオフィスへ戻って来たのか。いやそもそも、何故こんな時間に二人が一緒にいるのか・・。和也にはそちらの点が気がかりだった。悪い予感が頭を過ぎる。その予感は的中した。

「ねえ、怒ってるの?」
「だって、終電が無くなったからって、わざわざオフィスに引き返して来なくてもいいでしょう?もし人がいたら、私たちの事、噂になるわよ。仕事にも支障が出るでしょう?」
「みんな気付いてるよ。昼時なんか、これ見よがしに一緒に外出してる訳だし」
「お昼ご飯ぐらいなら誰も気にかけないけど、こんな時間に一緒にいれば、あからさま過ぎるわ。目立つ事はしたくないの」
「まあまあ。実際、ここには誰もいないんだから、結果オーライでしょ。それに、たまにはこういう場所で色々と試してみるのも、オツだと思うけど?」
「やだ、何言ってるの・・」

 その会話は和也が恐れていた事そのものだった。二人はやはり付き合っている。草間に対して和也が疑惑を抱き始めた頃には、すでに二人の関係は始まっていたのだろう。和也は最初から部外者でしかなかったのだ・・。

 一方的な恋心とはいえ、目の前でそれが打ち砕かれた事に、和也は悲嘆に暮れた。それだけに止まらず、偶像を崇めるように恋い焦がれていた相手が、こうして男性と夜遊びをしている。その事実が一層、和也を落胆させた。現実的に考えれば、支倉由紀子ほど魅力的な女性が、他の男性に放って置かれるはずがない。彼女も一人の女性である以上、歳相応の恋愛をしているのは明白だ。和也があえて考える事を避けてきた事実を突き出されたのだ。

 だがそれも精神的な痛手の入り口に過ぎなかった。

「やだ。ちょっと待ってよ・・」

 広いオフィスの隅にポツンと蛍光灯が点灯している。その下で、草間はやおら由紀子の背後から腕を回した。そして胸元に隆起する二つの膨らみを、両の掌で鷲づかみにした。指先を薄いキャミソールの布地に食い込ませ、弾力を確かめるようにジワジワと揉みしだく。

「こんな場所でやめてよ・・」
「じゃあ何で一緒について来たの?」

 薄ら笑いを浮かべる草間は、昼間のオフィスで見るのと同じ軽快な口調だった。だが由紀子は違った。普段、軽口を叩きながらも精力的に仕事をこなすグループリーダーはそこに居なかった。心底困った表情で、しかし何かを期待もしているような、戸惑いに満ちた目をしている。口頭では草間の行為を非難しながら振り払おうとはしない。和也は見たこともない由紀子の様子に息を呑んだ。

 すると草間は、黙って由紀子のキャミソールを脱がせにかかった。由紀子は抵抗しなかった。すぐにキャミソールが剥ぎ取られ、上半身は朱色のブラジャーだけになった。草間はブラジャーの上から豊かに隆起したバストを丁寧に揉みほぐし始めた。由紀子の口から吐息が漏れる。そのたおやかな口元を、草間のごわついた唇が襲った。草間の舌先が由紀子の薄い唇を念入りに舐め回すと、観念したように由紀子の口がかぼそく開かれた。

 由紀子の口腔から舌が伸びて、草間の舌先に接する。舌先同士で探るように位置を確認しあう。しかし草間の舌は決して自分から動こうとしない。それが何を意味するのか、由紀子には明白だった。由紀子の白い頬にボウっと恥じらいの赤みが差した。そして由紀子の舌は、自らの欲望をほとばしらせるように、積極的に草間の舌へ絡みついていった。

 和也の目には、その一つ一つの行為が信じられなかった。昼間のオフィスでは闊達でサバサバとした支倉由紀子が、欲望にのめり込んで草間の舌にむしゃぶりついているのだ。草間から流し込まれる唾液を嬉しそうに受け入れ、その一部が口端からだらしなく垂れて白い胸元を汚している。その痴態すら念頭から消し飛んでいるような、一心不乱な求め方だった。

 しばらくして草間は、口を開けて放心する由紀子をデスクに座らせた。そして白のパンツスーツを両足から抜き取った。上下揃いの朱色のショーツが、灯りの下で妖しく輝いた。草間は満足そうな顔つきで、再び舌を差し出した。すると由紀子の方から待ち望んでいたように、その舌を求め始めた。草間は由紀子のショーツに指を這わせて、陰部の辺りを撫でさすり始めた。

 草間の左腕が由紀子の背中に回り、ほどなくしてブラジャーの肩紐が緩んだ。背中のホックを外したのだ。そのまま布地をずらそうとする草間に、由紀子は拒む仕草を見せた。だが形だけの抵抗に終わり、布地の下から、たっぷりとした由紀子の乳房が姿を現わした。

 その様子を見つめ、和也はゴクリと唾を飲み込んだ。目の前に現れた由紀子のバストは、肌理の細かな白さを帯び、みずみずしい釣鐘型の輪郭を保っていた。和也が密かに想像していたより遥かに大きなボリュームだった。その中心に位置する桜色の突起が、早くも屹立している。肉体が淫蕩な悦びを求めている証だった。無我夢中で草間の舌を求めていた由紀子は、自らの肉体の変化を剥き出しにされ、羞恥の色を浮かべていた。だが草間の指に乳首を摘み上げられると、待ち望んでいた快楽を確かめるように、何度も体を震わせた。

 仕事上ではどんな状況にも冷静に対処する由紀子が、別人のような面持ちで快楽に身を預けている。そこには知性や冷静さの欠片もない。明るく気風の良い姉御肌さえ見る影はなく、すすんで草間の行為に屈従しているのだ。その絶望的な落差が和也の偶像に一層、傷をつけた。

 やがて草間は由紀子をデスクから降ろし、代わりに自分がデスクに腰掛けた。大きく股を開いて由紀子に目配せした。あとは由紀子の仕事だ、と暗黙に伝えているのだ。すると、普段からの決まり事であるように、由紀子は草間のズボンに手を伸ばして、ベルトを外した。ゆっくりズボンを膝まで下ろして両脚から抜く。次に、草間が下着に身につけていたボクサーパンツも当然のように抜き取った。現れた下半身には、黒々とした陰茎が横たわっていた。由紀子は臆することなく白い指先を伸ばして、その陰茎を手にした。

 二三度、手の平で陰茎を揉みほぐした後、由紀子はやおら草間の股間へ顔を近づけていった。陰毛が生い茂る密林に染み一つない頬が深々と埋まっていく。縮れた剛毛を頬に押し付けながら、由紀子は草間の陰嚢を口に含んだ。口中で転がすように愛撫を加えつつ、草間の顔を上目遣いに見上げる。まるで甘美なデザートでも口に含んでいるような愛らしい笑顔だった。やがて陰嚢を口から吐き出すと、唾液が糸を引いた。すかさず、もう片方の陰嚢も口に含み、先ほどと同様に念入りに愛撫を加えた。

 唾液まみれになった陰嚢を口から吐き出すと、由紀子は芯を固くし始めた陰茎に手を伸ばした。先端をつまんで上に持ち上げ、裏側の筋を下方からゆっくりと舐め上げていく。その間、何度も草間と視線を交わし、愛らしい笑顔を送り続ける。「奉仕」と表現する以外にない姿だった。裏筋を丹念に往復した後、肉棒を周遊するように舌を這わせ、全体を唾液まみれにして行く。

 昼間のオフィスでは軽口を叩き合うこの二人が、目の前で淫靡な行為に没頭する姿など、およそ和也には想像できなかった。それにオフィスでは、どちらかと言えば由紀子が主導権を握り、草間は一歩引いて意見を述べるのが常なのだ。だがここでは立場が逆転し、草間が絶対的な主人となり、由紀子は主人の前で思う存分に痴態をさらす下僕でしかない。あの支倉由紀子が、だ。和也はひたすら胸苦しさを覚えた。

 遂に由紀子は、草間の陰茎を正面から頬張った。巨大な剛直が内側から由紀子の頬を押し上げ、美しい顔貌を歪ませる。すぐに由紀子は顔を前後に動かし始めた。陰茎の表面を唇で摩擦し、ジュポッ、ジュポッと卑猥な音を立てる口唇奉仕が始まった。陰毛の奥まで深く顔を埋め、剛直の味をじっくりと味わい、また不意に亀頭の先端を舌先で刺激して見せる。そのどれを取っても、由紀子の優美な顔つきにはそぐわない、淫らな振る舞いだった。

 どれだけの時間、その行為が続いたか知れない。だが由紀子は唐突に行為を打ち切った。それは次の行為への合図だった。草間は由紀子をデスクの上に引き上げ、ショーツを脱がせた後、自分の正面に横たわらせた。

「足を上げて・・そう・・もっと広げて・・」

 草間の指示通りに由紀子はデスク上で仰向けとなり、自らの太ももを胸元まで引きつけて両腕でしっかりと抱え、さらに両脚を左右に大きく割り開いた。その結果、明かりの灯る天井へ向けて、恥毛の生い茂る局部を高々と突き上げる恰好となった。普段は仕事に明け暮れるオフィスのデスク上で、そのグループリーダーたる支倉由紀子が、この上なく破廉恥な露出ポーズを決めているのだ。信じられない光景だった。自ら広げた両脚の間から、陰部はおろか排泄の穴すら丸見えとなり、蛍光灯にくっきりと照らし出されている。草間の指示とはいえ諾々と従う姿は、自ら痴態を望んでいるとしか映らない。

「じゃあ、中がどうなってるか見せてよ」

 その指示を受けて、由紀子は微かに恥じらいを浮かべたものの、黙って頷いた。このような指示に喜んで従う由紀子など、誰が想像できただろうか。明るい笑顔を振りまき、ハイヒールでオフィスを闊歩する昼間の由紀子からは、あまりに距離が遠い姿だった。ましてや、気高く男勝りな気風など見る影もない。

 由紀子は抱え上げていた太ももを両肘で押さえつけ、指先を自由にした。そして左右の人差し指を自らの陰部に押し当て、ゆっくりと割り開いた。ふっくらした大陰唇が横に広がると、突起状の肉芽が顔を覗かせた。少しだけ充血しているのが卑猥だった。更に指先に力が入り、ぬめりを帯びたサーモンピンクの肉襞がその内奥をさらけだした。蛍光灯の光に照らされ、赤みがかった膣口が物欲しそうに口を開けている。女性としての秘密が残らず開陳された瞬間だった。この上ない羞恥の姿を、由紀子は自ら完成させたのだ。

 満足そうな草間は、由紀子の開ききった陰部へ人差し指を突き入れた。膣口の内側から、感触を確かめるように指先でなぞっていく。

「あぁ・・」

 由紀子が小さな溜息をもらした。赤ん坊のように無防備な姿で、与えられる快感に身を委ねているのだ。身も心も相手の為すがまま、官能の刺激を反射的に受け入れる動物を想像させた。

 草間の指先が内襞をまさぐるにつれ、由紀子の膣口に透明な液体が滲んでいった。いったん分泌を開始した羞恥の蜜は、しとどに量を増して女性器を溢れ、尻穴まで垂れ落ちていった。草間はその雫をすくいとって、由紀子の菊門にじっくりと揉み込んだ。次々に溢れてくる雫を指先ですくっては、陰毛になでつけ、乳首に塗り込めていく。由紀子の体中が、自身の分泌液によって妖しく輝いた。

 頃合いを見計らい、草間は膣口への愛撫を止めた。由紀子の体を抱き起こし、自らは後ろ手をついて股を広げる。その中央に黒々とした怒張が屹立している。そこから先、草間は動かなかった。

 由紀子は黙ってデスクの上を進み、草間と至近距離で向かい合うように腰を下ろした。草間の両足の上に由紀子の白い太ももが重なる。そして屹立する怒張を手に取ると、自らの陰部へゆっくりと招き入れた。愛液に濡れそぼつ膣口が、逞しい肉茎を呑み込んでいく。半分ほど入ったところで、由紀子は吐息を絞り出した。

 だが草間はまだ動こうとしない。その意味に気づき、由紀子は後ろ手をついて、腰を少し浮かせた。陰茎が抜けないよう注意を払いながら、ゆっくりと前後に腰を動かし始める。初めは躊躇いがちな動作だったが、何度か繰り返す内、リズミカルに深く腰を押し出すようになった。ズチュッ、ズチュッと粘膜のこすれあう音が静かなオフィスに響く。草間は心地よさそうに由紀子の痴態を眺めている。由紀子は我を忘れて、ひたすら貪るように腰を前後させ続けた。

 和也の憧れだった知性的な由紀子の姿はどこにも無い。そこにいるのは男性器にまたがって自ら腰を振る見知らぬ女だ。しかしそれこそが現実の由紀子に違いないのだ。恋心によって理想化された女性など、幻に過ぎない。男がそうであるように女もまた、人間の皮を被った獣に過ぎないのだ。

 草間と由紀子は折を見計らって体位を変え、ようやく草間の方から抽送を開始した。草間は後背位の体勢で由紀子に覆い被さり、陰部を勢いよく怒張で突き上げた。リズムを刻んで揺れる白い乳房を、草間は手を伸ばしていびつに搾り上げる。しかしどのように形を変えようと、その頂点には桜色の突起がみずみずしく立ち続けている。由紀子は気も虚ろに満面を紅潮させ、喘ぎ続けた。

 やがて草間の抽送が激しさを増し、終わりの時が近い事を告げた。由紀子も同じ速度で上り詰め、堰を切ってほとばしる官能に声を荒げる。

「ああああ!い・・イクッ・・!」

 その言葉を合図に草間が遂に精を放った。呼応するように由紀子の腰もビクン、ビクンと大きく波打った。汗だくの草間は由紀子の臀部を両手でしっかり押さえ、大量の精を放出し続けた。ようやくして膣口から陰茎を抜き取ると、そそくさと由紀子の顔近くへにじり寄る。由紀子はまだ放心状態だったが、決まり事のように草間の陰茎を口に含み、付着物を綺麗に舐め取って、密やかに喉を鳴らした。程なく由紀子の開ききった膣口からは、大量の精液がドロリと垂れ落ちた。

 和也は一部始終を目撃した後、黙って休憩室の中に引き下がった。

 あの二人にとってこれはごく日常的な行為なのだろう。自分が由紀子に片想いしようが、仕事に明け暮れようが、一切関わりの無い事なのだ。彼ら二人だけが共有する世界の中で欲望を貪り合い、愛を語らい合っているのだ。そこに自分が割り込む余地など、どこにもありはしない。和也は小さく溜息をついた。

 ソファの上で目を閉じていると、和也はいつしか眠りに落ちた。目覚めると午前七時を回っていた。恐る恐る衝立の向こう側を覗いたが、オフィスには誰も居なかった。草間と由紀子が情事を行ったはずのデスクも、何事も無かったように片付いていた。あれは夢だったのだろうか?和也は寝ぼけ眼で考えたが、答えは見つからなかった。

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