片想い(3) 後日


 それからまた、和也にとって変わらぬ日々が再開した。支倉由紀子は頼りがいのあるリーダーであり続けたし、草間透とは仲睦まじく昼食に出かけ続けた。それを嫉妬の目で見守るしかなかったのも、以前と何一つ変わらない。

 だが数ヶ月が経過したある日、変化が訪れた。朝礼の席で、フロア全体を取り仕切る五十代の部長が、隣に由紀子と草間を従えておもむろに切り出したのだ。

「時間が無いので手短に説明するよ。ここに並んでいる草間くんと支倉さんの二人だが、来年二月にめでたく結婚する運びとなった。ついては、支倉さんには来月からしばらくの間、休暇に入ってもらう。皆承知しておいて欲しい」

 突然の報告にフロアメンバー全員が湧き上がった。「やっぱりねー」「うわーショック」「隠してたなんて水くさい!」など各々がてんで勝手に声を上げる。和也一人が凍り付いたように身動きしなかった。支倉由紀子は照れ笑いを浮かべて部長の話を引き取った。

「皆さん、突然のご報告でごめんなさい。急に結婚するとか、休暇を取るとか、すごく混乱させてしまって申し訳ありません。実は・・」

 そう言いながら下腹部の辺りを手でさすり、チラリと草間に目配せする。草間は照れ臭そうに頭を掻いて言った。

「ええと、彼女、現在妊娠三ヶ月なんです。まあ、いわゆる『出来ちゃった結婚』という訳でして。我々二人はこのオフィスで出会った訳ですが、まさかこのオフィスで子供を授かるとは・・」

 草間がおどけた調子で言うと由紀子は焦ったように草間を睨み、恥ずかしげに顔を伏せた。一同は草間の台詞を深く受け取らず、喝采を続けている。

 しかし和也だけはあの夜の事を思い出していた。三ヶ月という月日をさかのぼれば、ほぼあの日に合致する。「このオフィスで子供を授かった」とは、このオフィスで性交して種付けされた子供、という意味ではないのか・・。だとすれば、あの夜の出来事はやはり夢ではなかったのだ。

 和也の脳裏には、全身を朱に染めて快楽に喘いでいた由紀子の姿が甦っていた。胸苦しい気持ちで顔を上げると、ひな壇上の由紀子と目が合った。由紀子は和也に対して、いつかの歓送迎会のように優しく微笑みを浮かべた。

 二人への祝福が続く中、和也は黙ってその場を抜け出した。無人の廊下を歩きながら窓の外に目を向けると、雲一つない青空が広がっている。和也はそこで足を止め、堪えていたものを吐き出すように、大きく深呼吸した。

 遠い祝福の歓声が収まるまで、和也はその澄み切った空をしばらく眺めていた。

(おわり)

INDEX


inserted by FC2 system