新人研修合宿 オリエンテーリング(12) 二者択一


 絶句する早苗を、順子が覗き込む。

「どうしたの?早く始めてちょうだい」

 やんわりと急かされ、早苗は焦りの色を濃くした。

 頭の中で矢継ぎ早に、当たり障りのないジェスチャーを模索する。だがどう知恵を絞っても、このお題に相応しいジェスチャー方法は一つしか思い浮かばなかった。

 ――四つん這いになって片足を上げ、犬がマーキングするポーズを再現するしかないのだ。しかしそれは到底実行し難いポーズである。タオル一枚に守られた下腹部を、自ら大股開きで晒せる筈がない。

 すると順子がわざとらしく咳払いした。早く開始せよという催促だ。

 これ以上考え込む訳にも行かず、やむなく早苗は開始宣言する。

「で、では、始めます・・」

 落ち着かなげに一歩前へ進み出た。ジェスチャーと同時進行で、対処方法を模索するしかない。そう心の内で自分に言い聞かせた。

 おっかなびっくりに周囲を見渡し、誰にも背を向けないように体の向きを変える。慎重にしゃがみ込み、両手と両膝を地面に下ろした。

 気は進まないが、最低限、犬のポーズだけは形にしなければならない。いったん深呼吸した後、早苗はゆっくりと背筋を伸ばして、徐々に四つん這いの体勢となって行った。

「あれ?早苗ちゃん、タオルからお尻がはみ出てない?もしかしてノーパンなの?」

 緊張感の無い声で呟いたのは、早苗の真正面に立つ中島である。

 ジェスチャーをそっちのけに、後方へ突き出される早苗の臀部を観察していたのだ。不謹慎な中島の態度だが、吉田は薄ら笑いを浮かべて応じた。

「おいおい、早苗ちゃんが愛用してるのはTバックだろ。準備運動の時に見たじゃん?」
「あ、そっか。流石にノーパンは無いよな。まあ、どっちにしてもお尻は丸出しだけど」

(イヤッ・・!)

 早苗は慌てて右手を後ろに回し、双臀の谷間を手の平で覆った。両膝もピタリと閉じ合わせる。

 吉田と中島の会話は、当たらずと言えども遠からずである。タオルの下には衣類を一切身につけておらず、ガムテープで局部を塞いでいるに過ぎない。全裸ではないが、間違っても人目に晒せる姿ではなかった。

(仕方ないわ・・)

 万が一にも覗き込まれる事を恐れ、早苗は片手を臀部にかざしたまま、次の動作へと移る。犬のポーズとしては中途半端だが、この際やむを得なかった。

 しかし、ここから先のジェスチャーは、軽率に演じられる内容ではない。お題を完成させるには、犬のように足を上げる必要があるのだ。当然、ガムテープ貼りの下腹部を、外側に向けて晒す事になる。

 現在の位置取りであれば、吉田や中島、それに順子と黒坂の角度からも、直接には見えない筈である。だが頭ではそう理解していても、気持ちの委縮は避けられなかった。

 思い悩んだ末、早苗は僅かに数センチだけ、右足を浮かせた。

 最低限の形を取り繕ったに過ぎないが、やはりこれが精一杯である。お題が悪かったと思うしかない、と早苗は自らに釈明した。そのまま身動きを止めて、ジェスチャーの終了を暗黙に宣言する。

 気まずい沈黙の中で、最初に口を開いたのは順子だった。

「誰かジェスチャーの答え、分かる?」

 どこか皮肉っぽい目付きで、順子は吉田と中島を見遣る。二人とも返答しない。出題者の吉田には元より回答権が無いが、中島にしても、このお粗末なジェスチャーでは答えようがないのだ。膠着した時間が刻々と流れ、やがて順子が判定を下した。

「残念だけど時間切れね。このジェスチャーはここまでよ」

 その言葉に、早苗の口から溜息が漏れる。答えが出なかった落胆と言うより、危うい局面をやり過ごした事の安堵である。次のお題で正解が出れば良いのだ、と気持ちは前向きだった。

「ちなみに、今のお題は何だったのかしら?」
「・・犬が電柱に、マーキングするところ・・です」

 順子の問い掛けに、早苗はおずおずと答えた。すると、わざとらしく吉田が口を挟む。

「あれ?マーキングって何?俺、そんなお題を書いた覚え無いけどなあ」

 それは面白半分の揚げ足取りだった。しかし順子は俄かに眉を顰め、早苗を咎めるように見遣った。早苗は慌てて、手元のメモ用紙を正確に読み上げる。

「い、犬が電柱に・・シ、ションベンするところ、です」

 その言葉に、吉田をはじめ順子も中島も、失笑を漏らした。「ションベン」という言い回しが笑いを誘ったのだ。早苗はムッとした顔で押し黙る。すると吉田と中島が、聞こえよがしに軽口を叩いた。

「なーんだ。それにしても、全然、犬っぽく見えなかったけどなあ」
「ホント。もしかして、早苗ちゃんて、犬が小便する姿を知らないんじゃないの?頭良さそうに見えても、案外、当たり前の事を知らなかったりして」
「ああ、ありがちだな。学校の勉強は出来るけど一般常識の無い人っているもんな。いわゆるガリ勉タイプって奴?知らないなら知らないって、ハッキリ白状した方がいいよ、早苗ちゃん?」
「そ、それぐらい、知ってます!」

 からかい半分に問い質され、早苗は思わず声を荒げた。生真面目な自分の性格を小馬鹿にされたようで、黙っていられなかったのだ。しかしその感情的な反応が、思わぬ順子の追及を招いた。

「へー、知ってるなら、どうしてちゃんとジェスチャーしなかったの?それって詰まり、手抜きをしたという事?」
「え?・・ち、違います、そういう事では・・」
「でも犬がオシッコする姿は知ってるんでしょ?まさか、さっきのジェスチャーは完璧だとでも言うつもり?あんな内容で答えが出ると思う?」
「・・いえ、それは・・」
「じゃあ、やっぱり手抜きをしたんじゃない。どうも最初から身が入ってない感じはしてたけど。所詮レクリエーションだからって、適当にお茶を濁せばいいとでも思ってたんじゃないの?」

 徐々に声を怒らせ、早苗をはたと睨み付ける。

 予想しなかった順子の剣幕に、早苗は返す言葉が無かった。ジェスチャーに身が入らなかったのは確かだが、物臭がって手を抜いた訳では無い。やむを得ない結果なのである。

 だが怒りの矛先が自分に向いた以上、今さら弁解しても、順子が耳を貸すとは思えなかった。相手が口答えするほどヒステリックに怒りを募らせるのが、順子の性格なのだ。どう転んでも早苗の非を言挙げされる事は、容易に想像がついた。

「・・申し訳ありませんでした」

 気まずそうに早苗は頭を垂れ、いち早く自己主張を取り下げた。

 わだかまりはあるが、詰まらない押し問答を続けても仕方がない。無駄に時を費やすぐらいなら、割り切って次のジェスチャーを始めた方が良いのだ。あくまで冷静な判断だった。

 しかしその対処が、かえって状況を暗転させる。順子は勝ち誇ったように声を高ぶらせた。

「あーあ、やっぱり手抜きだったのね。ホント、早苗ちゃんって協調性が無いわよね。そもそも罰ゲームを軽くしたのが失敗だったのかしら。お昼抜き程度じゃ、真剣にやる気になれないとか?」
「いえ・・決してそんな・・」
「そういう態度なら、こっちにも考えがあるわ。罰ゲームの内容を少し変えましょうか。早苗ちゃんにだけは特別ルールを追加するからね」
「えっ!?」
「こうしましょう。もしジェスチャーで答えが出なければ、オリエンテーリングの間中、ずっとその格好で過ごす事。ジャージが乾いても着用するのは禁止よ。午後は山を散策する予定だけど、当然、その格好で動き回る事になるから。いいわね?」

 一方的に宣告された新ルールに、早苗は耳を疑った。

 唐突な上に、非常識な内容としか思えなかった。この紐水着のようなブラジャーと手拭いタオルだけの半裸姿で、最後までオリエンテーリングを行えと言うのだ。

 この場だけならまだしも、山中を散策すれば他チームと鉢合わせる機会もあるだろう。そこでもし、この破廉恥な姿を他の社員に目撃されれば、早苗の見識を疑われかねない。これまで築き上げてきた社内的な信用を一瞬で失うかも知れないのだ。

 背筋の寒くなる不安が早苗を襲う。しかし傍らの吉田と中島は、至って無神経に囃し立てた。

「へー、その格好で山歩きってのも、自然との一体感があっていいんじゃない。実は早苗ちゃんも結構、嬉しかったりして。あ、それじゃあ罰ゲームにならないか」
「いっそのこと、下着も全部脱いじゃったら?『露出狂、山に現る』って感じで、地元のニュースに取り上げられるかもよ。この合宿のいい想い出になるじゃん」
「ふ・・二人とも、変な事を言わないで!!」

 好き放題に揶揄され、早苗は怒りに声を震わせた。

 しかし順子は冷淡な態度を崩さず、再度、早苗に言い含める。

「あら、二人の言う通りよ。早苗ちゃんがその格好を皆に見せびらかしたいなら、好きにしてちょうだい。でもそれが嫌なら、ジェスチャーゲームには真面目に取り組む事ね」

 ピシャリと断言して、いきり立つ早苗を突き放した。もはや順子には、このルールを覆す気など露ほども無いのだ。信じがたい顛末に、早苗は呆然とするしかない。

 だが順子の無理難題は、これで終わりではなかった。更なる追い打ちが早苗に突きつけられる。

「じゃあもう一度、犬のジェスチャーをしてもらおうかしら」

 何を言われたのか、早苗は俄かに理解できなかった。

 先程のお題は、不正解ながら一応終わった筈である。となれば、次のお題を選び直すのがゲームのルールだろう。早苗は慌てて食い下がる。

「ま・・待って下さい、時間切れになった場合は、次のお題を引き直すと・・」
「勿論そうするわよ。でもその前に、早苗ちゃんが手抜きを本当に反省したか、確かめておく必要があるからね。同じジェスチャーをして、また同じ様な内容だったら、全然反省してないと見なすわよ」
「し、しかし・・」
「ジェスチャーを拒否するなら、ここでジェスチャーゲームを打ち切りにしましょうか?もちろん、早苗ちゃんは一回も答えが出てないから、罰ゲーム確定になるけど」

 手前勝手な理屈で、順子は一方的に話を打ち切った。

 早苗にとっては、想像すらしなかった事態である。犬のジェスチャーを完全に演じ切るか、罰ゲームを受け容れるか、どちらかを選べと言うのだ。

 勿論、いずれも不本意な二者択一であり、そもそもが選択以前の問題とさえ言える。だが順子の目には、わずかにも譲歩の色が浮かんでいなかった。どうあっても片一方を選択するよう、断固として要求している。

 ふと気付けば、全員が期待を込めた目で早苗を見つめていた。誰も救いの手を差し伸べようとはしない。これは白昼のオリエンテーリングであり、紛れもない現実の筈である。しかし今の早苗の目には、全てが非現実的な悪夢としか映らなかった。

 やがて早苗はうなだれ、そっと両手両膝を地面に据えた。

 二者択一を天秤にかければ、犬のジェスチャーを選ぶしかないのだ。もし罰ゲームを受け容れれば、場合によっては社内的な立場さえ失う危険がある。致し方ない決断だった。

「いいわよ。もっと前肢と後肢の間隔を空けて」

 早苗の決断を満足げに受け容れ、順子はポージングの指示を出し始める。

 早苗は言われるまま、惨めな犬のポーズを再現して行った。それでも口元をキツく結んでいるのは、苦境に屈しまいと心を奮い立たせている証である。どこまでも凛として、気高さを失わない姿だった。

 だが、そんな健気さを嘲笑うように、中島がフラリと立ち位置を移動させ、早苗の真後ろに陣取った。無防備に突き出される臀部を、目の前で観察するつもりなのだ。

(!!)

 早苗は慌てて、右手で臀部を覆い隠した。と同時に、順子の叱責が飛ぶ。

「ちょっと早苗ちゃん、犬はそんな風にお尻を隠さないでしょ!?」
「・・は、はい・・」

 言葉とは裏腹に、早苗の声は動揺で上ずっていた。他人の目の前に臀部を晒すなど、屈辱以外の何物でもない。しかしこれは犬のジェスチャーであり、順子の非難は何ら間違っていないのだ。拒否する理由はどこにも無い。

 早苗は打ちひしがれた面持ちで、ゆっくりと右手を臀部から離して行った。やがて一糸纏わぬ双丘が、中島の目の前に可憐な姿を現わした。

 スレンダーな体型に似合わず、肉付きの良いヒップラインである。ふっくらとして程よく引き締まっているのは、日頃からスポーツで鍛えている成果だろう。手の平で押せば、充分な手応えを感じさせるに違いない。一方、艶やかな肌は新雪のように白く、成熟した中に人見知りの羞じらいが仄見える。正真正銘の処女に相応しい、瑞々しい双丘だった。

 未だ男性経験もない早苗が、四つん這いで生尻を突き出している姿を、中島は息を呑んで見つめる。しかしその視線はすぐに、双臀の谷間へと吸い込まれて行った。ふと怪訝そうな呟きを漏らす。

「あれ?これってTバックのパンティーじゃないよね?」

 その声に吉田が首を傾け、早苗の臀部を下から覗き込んだ。そこには、光沢のあるテープが股間に貼り付き、尻肉の割れ目に侵入している様子が、はっきりと見て取れた。

「これってガムテープじゃん?」
「へーえ、ホントだ。ねえ早苗ちゃん、何でパンティーも履かずにガムテープなんか貼り付けてるの?もしかして、こういう格好するのが早苗ちゃんの趣味?」
「ち・・違います!!視ないで!!」

 身を切られるような羞恥に、早苗は必死の悲鳴を上げる。しかし順子が訳知り顔で割って入った。

「まあいいじゃないの、どんな趣味を持ってても個人の自由でしょ。きっと、いつも真面目ぶってる分、欲求不満が溜まってるんじゃないの?こういう形でストレス発散してるってことよ」
「なんだそっか。早苗ちゃん、変な目で見てゴメンね。この趣味の事、誰にも言わないから」
「あ、でも、うっかり口が滑ったら勘弁してね」

 吉田の無責任なオチで、順子と中島がさも可笑しそうに笑い合った。

 早苗は言いようのない屈辱に身を震わせる。そもそもガムテープを貼り付けたのは順子であり、その本人がありもしない話を吹聴しているのだ。吉田と中島も、面白半分に便乗しているのは明らかである。彼らの軽薄な態度に、早苗は怒りを禁じ得なかった。

 しかし早苗が抗議を口にする間もなく、順子はそそくさと話を切り替えた。

「さてと、早く、電柱にオシッコするジェスチャーをやってちょうだい」

 本題はこちらなのだ、と仕切り直すような口調である。機先を制された早苗は、胸中にわだかまる怒りを呑み込むしかなかった。

 一転、早苗は煮え切らない表情で黙り込み、順子の指示に逡巡し始める。だがこの期に及んで、もはや結論は見えていた。プライドを捨ててでもジェスチャーを完遂しなければ、罰ゲームが待ち受けているだけである。

(・・少しの間、我慢するだけなんだから・・)

 自分を説き伏せて決意を固める。

 やがて早苗は、体重を左側へとゆっくり傾け始めた。一度バランスを取り直した後、今度は恐る恐る、右足を宙に浮かせて行く。スラリとした脚線が持ち上がるにつれ、白い内股が陽光に照らし出されて行った。

 その時、吉田と中島が示し合わせたように頷き合い、おもむろに中島が口を開いた。

「早苗ちゃん、もっと高く足を上げないと犬は小便できないんじゃない?」
「えっ・・?」
「確かに中島の言う通りだな。仕方ないから俺が手伝ってあげるよ」
「ちょ、ちょっと・・キャッ!」

 慌てふためく早苗を無視して、吉田は早苗の足首を強引に掴み、空中へと引っ張り上げた。突然の出来事に早苗は為す術なく、罠にかかった動物のように片足をねじ上げられる。一瞬の後には、衆人環視の中で、ストリップショーのような大股開きを晒す事となった。

「イヤァ・・!」

 身をよじって逃れようとするが、吉田の馬鹿力に拘束された足はピクリとも動かない。そして男性陣の無遠慮な視線が悠々と、割り開かれた股間に注がれた。

 明るい陽光の下で、股間のガムテープが無機質な光沢を放つ。それは、濡れ場を演じる女優の前張りのように、辛うじて陰毛と性器を隠しているだけだった。白い下腹部の大部分が、生まれたままの柔肌を惜しげもなく露出させているのだ。ほぼ全裸でありながら、一部分だけガムテープの貼り付いた不自然さが、滑稽ないかがわしさを醸し出していた。

「あ・・足を離して!」

 早苗は顔を引きつらせ、必死に解放を訴える。だが吉田の目には、尚、企みが潜んでいた。

「まだダメだよ。犬の小便って結構長いんだぜ。えーと、順子先輩、どれぐらいの長さでしたっけ?」
「そうねえ、1分ぐらいじゃないの?」
「じゃあ、1分間このままキープって事で」

 愕然とする早苗の額に、冷たい汗が浮かび上がった。唯一この場を収められる順子が、吉田の行為を咎めもせず、面白がって加担さえしているのだ。このまま1分間はこの体勢を維持しなければならない。なし崩しの決定だった。

 しかし状況は更に悪化する。傍観を決め込んでいた黒坂が、ここぞとばかりに口を開いた。

「そうそう、早苗ちゃんが反省する姿は、きちんと記録しとかないとな」

(え・・!?)

 凍り付く早苗の前で、黒坂は手持ちのビデオカメラを構え直した。レンズの向く先は、当然、アクロバティックに足をねじ上げられた早苗の姿である。

 黒坂はカメラを向けたまま、悠然と早苗の傍へ歩み寄った。そして四つん這いの周囲を歩きながら、首筋から肩へのライン、ブラジャーに包まれたバスト、華奢な背中、細く引き締まった脇腹と、その一つ一つを手早く映像に収めて行く。

 最後に黒坂は歩みを止めて、早苗の股間に目一杯カメラを近づけた。

「ふーん、ガムテープの上からでも早苗ちゃんのアソコの形、丸わかりだよ。折角だから、バッチリ記録しといてあげるね」

(イヤァ!)

 身の毛のよだつ言葉を投げかけられ、早苗にとって地獄のような1分間が始まった。

 自分の身に起きている出来事のおぞましさに、早苗はひたすら唇を噛んで耐えるしかない。だが片足を吊り上げられた体勢に無理があり、呼吸は徐々に荒くなって行った。精神的にも肉体的にも、拷問と呼ぶに相応しい仕打ちである。早苗の頬はみるみる紅潮して行った。

 ようやく1分間が終わりに近づいた頃、順子が早苗に語りかけた。

「じゃあ最後に、反省の気持ちをカメラに向かって述べてちょうだい。それを聞いたら終わりにしましょう」

 もとより順子の指示に大した意味は無い。一秒でも長く早苗をいたぶる事だけが目的なのだ。しかし限界近くまで息の上がった早苗に、冷静に考える余裕はなかった。早く解放されたい一心で、ビデオカメラを探して後方を振り向く。

 待ち構えていた黒坂が、すかさず早苗の顔をファインダー内に捉え直した。大股開きの股間を撮影しつつ、その遠景に早苗の表情も収まるような、いかがわしい構図である。その絵づらに一人興奮を覚えながら、黒坂は手振りで合図を出した。

 早苗は息を弾ませ、反省の言葉を述べ始める。

「さ、先程のジェスチャーは至らない内容で・・ご迷惑をお掛けし、た・・大変申し訳ありませんでした・・その事を深く反省し、今後は、真剣にジェスチャーに取り組む事を・・ち、誓います・・」

 訥々と言葉を紡ぐ早苗を、全員が愉快そうな笑みで眺めていた。

 会社では高嶺の花である谷村早苗が、無様な姿を晒して頭を垂れているのである。またとない見せ物に違いなかった。卑劣な言い掛かりで早苗を陥れた事など、誰一人、罪悪感を感じてはいない。かえって胸のすく思いで、惨めな早苗の姿をじっくりと目に焼き付けていた。

「はい、良くできました。お終いよ」

 ようやく順子が宣言すると、吉田はあっけなく早苗の足を解放した。すぐさま早苗は体育座りの体勢に縮こまる。心身ともに疲労の極に達しており、ぐったりと声も出さなかった。

「早苗ちゃんも充分に反省した事だし、ジェスチャーゲームの続きをしましょうか」

 順子は始まったばかりの宴を楽しむように言った。

INDEX


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