新人研修合宿 プロローグ(2) 説明会


 ホテルに到着して30分後、貸し切りの大広間に全員が集められた。

 この合宿には営業課所属の20名が参加している。早苗や加世など新入社員が9名、早苗たちより1年先輩にあたる2年目社員が4名、池下順子など3年目社員が4名、年配の役職付きが3名という人数構成だ。

 最初に課長が型どおりの挨拶を行う。続いて3年目社員の代表者がマイクを握った。

「皆さん、長い時間バスに揺られて大変ご苦労様でした。合宿はこれからが本番ですので、くれぐれも気を抜かないでください。・・とは言え、半分は慰安旅行も兼ねてますのでほどほどに頑張りましょう。では早速ですが、これから3日間の日程をざっと説明したいと思います」

 その言葉を合図に3年目社員たちが共同で大判の紙を持ち寄り、大広間の壁に張り出した。紙には3日間のタイムスケジュールが細かく記入されている。余白に「チームワークの養成」という標語が大書されている。

 マイクを握る代表者が話を続けた。
「日程についてはこのスケジュールを随時確認してください。今回の合宿の目玉は明日のオリエンテーリングです。山道を散策しながら皆さんの足腰とチームワークを鍛えてもらいます」

 オリエンテーリングという言葉に、大広間から小さな悲鳴が上がった。わざわざ山頂のホテルに宿泊するのは物見遊山のためではない。観光気分で参加していた数人が、あからさまな溜め息をもらした。

「ほらほら、今からしょげちゃってどうするんですか。ハイキングの延長みたいなものですから、運動不足を解消するためと思って参加してください。もちろん僕も参加しますから、一緒に筋肉痛になりましょう」

 冗談混じりの言い方に小さな笑いが起こり、場の雰囲気が和んだ。

「さて、先ほども少し触れましたが、この合宿はチームワークを鍛えることが一番の目的です。営業職は個人プレーだと思われがちですが、それはちょっと違います。お客様との交渉には、事前に綿密な戦略を立てて、説得の材料を集め、様々な角度でそれを検討する必要があります。ワンマンプレーではどうしても視野が狭くなり、お客様に対する提案も一人よがりになりがちです。自分ばかり目立とうとするのは営業として失格なのです」

「そうそう、新人さんの中には、自分だけお客様に評価されれば満足、みたいな人もいるけど、そうじゃないのよ」

 池下順子が横から口を挟んだ。いまマイクを握っている者と同じ3年目社員という立場だからか、先輩風を吹かせたような物言いだった。

 もっとも普段の順子なら、話の最後には必ず面白おかしいオチをつける。今回もそれを期待して全員が順子を注視していた。早苗も順子を見つめている。だが順子は何も言おうとしない。そして突然、皮肉っぽい視線を早苗に投げつけてきたのだった。

(え・・?私の方を見てる?)

 早苗は予想外の展開に困惑した。まるで、順子の批判する「自分ばかり目立とうとする新人」とは早苗だと言わんばかりだ。ほどなく大広間の全員が、順子の視線を追って早苗に注目しはじめた。居心地の悪い注目を浴びて、早苗の焦りは余計に大きくなる。

(ど、どうしよう・・池下先輩は私に対して怒ってる・・確かに仕事で評価されたいとは思うけれど、自分だけ評価されようなんて一度も考えたことはないのに・・)
 何か釈明しなければならない雰囲気だが、池下順子の発言はどこか理不尽に感じられた。

 そもそも順子が早苗に対して好印象を抱いていないことは、以前から早苗も少しだけ感じてはいた。バスの中で早苗がからかわれたのも、単なる冗談と言うより、あえて早苗をダシに笑いを誘おうとする意図が見え隠れしていた。

 実際、池下順子は早苗に対して、ある種のやっかみを抱いていた。営業課に配属されて1年にも満たずコアプロジェクトへの参加を許された早苗に対し、順子は入社3年を経ても営業課の一社員という立場でしかない。社内的な評価は早苗の方がダントツ上だ。順子にとって、営業課の先輩である自分を差し置いて活躍する早苗は、疎ましい存在と映っていた。

 池下順子は容姿が特別優れているわけでもなく、口の上手さで周囲に取り入るのが精々である。だが早苗のように才色兼備の女性は、黙っていても相手が寄って来るのだ。美貌も才能もない順子にしてみれば嫉妬の対象でしかない。早苗に悪意がなくとも、自己中心的な順子は勝手な敵愾心を抱いていた。

 注目を浴びたままの沈黙にたまりかねて、早苗は口を開いた。

「池下先輩のおっしゃった事は、私自身、戒めとして心に充分留めておきたいと思います。まだ1年目で経験も浅いので、今回の合宿を通じて至らない点を改善して行けたらと思っています」

 順子の言いがかりを半ば肯定する形ではあるが、いつもどおりハキハキとした口調で答えた。ここで変に自己肯定したり曖昧な返事をしては、話がこじれるだけだ。たとえ理不尽であっても、素直に自分の非として認めた方がいい。早苗はとっさにそう判断したのだった。

 結果として、その判断は正解だった。一呼吸おいた後、進行役の3年生社員は、何事もなかったように合宿説明を再開した。順子も特に何も言わない。早苗はホッと胸を撫で下ろした。

「とにかく営業はチームワークが大切ということです。では早速ですが、この場でチームを作ってもらいます。新人は3人一組になって下さい。そこに監督責任者として3年生1人と2年生1人が加わります。合計5人で1チームとなって、これから3日間の合宿スケジュールを消化して行きます。よろしいですか?ではチーム作り、はじめ!」

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