新人研修合宿 プロローグ(3) チーム編成


 「はじめ!」という掛け声とともに、新入社員の9人は輪になってチーム編成を話し合い始めた。

 3日間で様々な研修をこなす以上、優秀な人間と組んだ方が得なのは目に見えている。案の定、誰もが早苗とチームを組みたがった。早苗本人は気心の知れた加世と同じチームになりたかったが、研修なので個人的なワガママを言い出すわけには行かない。

 刻々と時間が経過したが、なかなかチーム分けは決まらなかった。場の空気が段々と焦れて来た。周囲で眺めている先輩社員たちや役職付きの年配者も、少し困り顔を浮かべ出した。

 見るに見かねて課長が口を開いた。

「チーム分けの段階で揉めるようでは、これから3日間が非常に心配だなあ。友達グループを作る訳じゃないから、誰と組んでもそれなりの成果を上げるという気構え、心構えが大事なんじゃないかね?」
9人の新入社員たちもようやく場の空気を感じ取り、焦り出した。

 そのタイミングを待ち構えていたように、池下順子がふと口を開いた。
「私から一つ提案があるんですけど、課長、よろしいですか?」
 呆れ顔の課長が無言で頷き、あらためて順子は意気揚々と喋り始めた。

「チーム分けにもバランスが必要だと思うんです。自分の経験で言えば、女の子同士がくっつくと、仕事仲間というより単なるお友達の寄り合いになりがちです。私自身が女だからそういう事はよく分かります。だから女の子同士で組むのは原則禁止するのがいいと思います。それと、優秀な人だけが一つのチームに固まるのも良くないと思うんです。例えば谷村早苗さん」

 突然名指しされた早苗は、不安気な面持ちで順子を見つめた。先ほど順子から皮肉を言われた後、表面上は凛とした態度でやりすごしたが、また何か言われるのでは?・・と心穏やかではなかった。案の定、また順子が絡んできたわけだ。

「谷村さんは新入社員の中でも、飛びぬけて優秀な人材みたいですね。もし谷村さんみたいに優秀な人達だけでチームを組んだら、きっと研修でも素晴らしい成果を収めると思います。でもそれは、個人の力が優れているだけで、チームワークの成果とは言えないと思うんです。むしろ、それほど優秀でない・・失礼、なるべく助けが必要な人と組むことで、チームとして団結する大切さが理解できるんじゃないでしょうか?」

 「なるべく助けが必要そうな人」と冗談めかした辺りで小さな笑いが起きた。皆の中に、順子の意見を肯定する空気が生まれていた。順子は話を続ける。

「とは言うものの、面と向かって誰が優秀で誰が優秀ではないなんて事は、同じ新入社員同士では言い出しにくいと思います。だから、私たち3年生社員が客観的に判断してチーム編成するということでどうでしょう?」

 そこまで言って順子は口を閉じた。誰も異論を差し挟まなかった。それなりに理屈が通っていたし、チーム編成が決まりさえすれば決定方法など誰も気にしてはしていなかったからだ。

 その結果、ものの10分程で新入社員のチーム分けが確定した。「3年生社員が客観的に判断する」という建前ではあったが、3年生社員の準リーダー格たる順子がほぼ独断で決めたチーム編成だった。

 早苗の所属チームは、案の定、早苗以外はいたって低レベルなメンバー構成となった。一人は体育会系出身の吉田で、暇があればパチンコ雑誌を読みふけり、外回り営業でもほとんどの時間をパチンコ屋で潰しているという噂だ。当然、先輩や上司からの受けは悪く、早苗も良い印象を持っていない。

 もう一人は中肉中背でオタクっぽい中島で、業務時間中もひっきりなしに携帯電話を眺めてニヤついたり独り言を言っている。同僚とほとんど会話せず仕事内容もおざなりなので、やはり上役からの受けは悪い。吉田と中島は性格は似ても似つかないが、1年生社員の中では落ちこぼれと見られている点で共通していた。

 正直、早苗にとってはどちらも苦手なタイプである。入社後に同期全員で飲み会を行なったときも、この二人と会話を交わした記憶はない。その後も接点らしい接点はなかった。そもそも早苗が惹かれる男性のタイプは、知的雰囲気の漂う大人の男性である。臆面もなくギャンブル雑誌を読みふけったり、独り言をニヤニヤ呟くような人物とは、とても会話が弾みそうにない。

(でも、誰とチームを組んでも成果を出すよう努力しなさいって課長もおっしゃっていたし、いざ研修が始まれば団結力は生まれるはずだわ。こういう時こそ前向きに頑張らなくちゃ。それに2年生と3年生の先輩も監督責任者としてチームに加わるのだし、心配することはないわ)

 なんとか自分を奮い立たせようとする早苗に、池下順子が近寄って来た。

「谷村さんのチーム、監督責任者はまだ決まってなかったわよね?」
「あ、はい・・」
「そう。じゃあ、私が監督責任者になるわ。もう1人、2年生の監督責任者が必要だけど・・そうね、黒坂くんにお願いしようかしら」

 え?と早苗が訊き返そうとした時、2年生社員の黒坂剛士が「はーい、頑張りまーす」とおどけた調子で手を上げて返答した。

 池下順子が早苗のチームに加わったのは予想外だった。もっとも、自分以外すべて男性メンバーで占められるより、多少ギクシャクしている順子であっても女性がいてくれた方が断然心強い。

 問題なのは、もう一人の監督責任者、2年生の黒坂剛士だった。早苗と黒坂は実は面識がある。忘れもしない入社直後の出来事である。突然、早苗を呼び出して交際を迫ってきたのが黒坂なのだ。

 黒坂は自惚れの強い男で、自分と早苗はお似合いのカップルだと勝手に思い込んでいた。確かに、黒坂は社内の女性陣にはほどほどの人気を誇っている。いわゆるイケメンではないが、世渡りの上手いタイプだ。ただ性格が軽薄で、女に手が早い遊び人という噂があった。

 黒坂に告白された早苗は、やんわりと交際を断った。だが日を待たずして、「黒坂が早苗に手ひどく振られた」という噂が社内に広まった。誰かが告白の現場を目撃して、面白おかしく人に話したのだろう。嘲笑の的になったのは黒坂である。プライドを傷つけられた黒坂は、あろうことか、怒りの矛先を早苗に向けた。早苗が自分と付き合っていれば笑い者にされることもなかった、という自分勝手な理屈である。その後は事あるごとに早苗を評して「美人を鼻にかけた高飛車な女」などと言いふらすようになった。

 その黒坂が、よりによって早苗のチームメンバーになった。自分を逆恨みする人間と3日間も顔をつき合わせるのは考えただけでも気が重かった。だが私的な理由で文句を言うことは出来ない。

 意気消沈する早苗をよそに、進行役が頃合を見計らって口を開いた。

「全員、チーム分けは終わりましたね?では、これから3日間色々あると思いますが、頑張って乗り切りましょう。本日はこれで解散とします。明日のオリエンテーリングには遅れないように参加してください」

 説明会は終わり、一人また一人と参加者が大広間を出て行く。肩を落として出口に向かう早苗に、加世が駆け寄って何事か話しながら歩いて行った。

 その後ろ姿を見送って、まだ大広間に残っていた池下順子と黒坂剛士は小さく目配せを交わした。それが何を意味するのか、早苗はまだ知る由もない。

INDEX


inserted by FC2 system