新人研修合宿 オリエンテーリング(3) チェック


「あれ?早苗ちゃんは?」

 黒坂の声がすぐ傍に聞こえて、早苗は真っ青になった。体を隠そうにも服は全て順子に持ち去られている。突然訪れた危機に早苗は嫌な汗を額に浮かべた。

 すると表側に回った順子の声が聞こえた。

「黒坂くん、もうちょっと待っててよ。いま早苗ちゃんに着替えてもらってる所だから」
「なんだ、そうですか。吉田も中島も着替え終わって、俺も手持ち無沙汰だし、どうしようかなーと思ってるんですけど」
「3人でキャッチボールでもしてたらいいじゃない」
「野郎同士で遊んでてもねえ。池下先輩と早苗ちゃんが早く戻ってきてくれないと」

 順子と黒坂の会話が続く。あまり呑気に会話をしていないで黒坂を追い払って欲しい、と早苗は願った。だが順子は、追い払うどころか早苗の心臓に悪いことを言い出した。

「ふーん、黒坂くんは女の子と遊ぶの好きだものねえ。なんなら早苗ちゃんの生着替えでも見てく?」
「え、いいんですか!?」

(池下先輩、何を言い出すの!)
 早苗は順子の言葉でさらに血の気が引いた。

「嫌ねえ、もちろん冗談よ。無邪気に喜んじゃって、アハハ。黒坂くんって本当スケベねー」
「なんだ残念。でも男だったら誰でも見たいと思いますよ。なんたって社内一の清純派、谷村早苗ちゃんの生着替えですからね」

 順子の「冗談よ」という言葉に胸を撫で下ろしたものの、下品な会話を続ける二人が今度は何を言い出すのか気が気でなかった。案の定、黒坂がある物の存在に気づいた。

「あれ?それってもしかして下着ですか?早苗ちゃんの?」
「そうよ。見たいの?はい、どうぞ」

(ちょ、ちょっと・・)
 下着を黒坂に差し出されたらしく、早苗は動揺を隠せない。つい先程まで身につけていた最も秘すべき衣類が、よりによって黒坂の手に渡ってしまったのだ。

「へー、純白の下着なんですね。さっすが早苗ちゃん、清純派だなあ。しかしこのブラジャーって結構大きくないですか?何カップですかね?」
「CかDじゃないかしら。でも実物はEカップぐらいありそうだったけどね」
「すげー、早苗ちゃんは巨乳なんですね。じゃあこのブラジャーの中にはついさっきまで、その巨乳が納まっていたと・・あーもう我慢できないや」
「あら!ブラジャーの内カップに顔を埋めちゃって。黒坂くんそれってちょっと変態よ。早苗ちゃんのオッパイと間接キス?アハハ」

 順子の実況中継が嫌でも早苗の耳に入ってくる。黒坂のおぞましい行為には鳥肌が立つ思いだった。入社以来、目立たないように隠して来たバストの大きさも暴露され「巨乳」だのと下品な言い方で揶揄される。羞恥心で顔が真っ赤になった。

「そんな笑わないで下さいよ先輩。ブラジャーに変な匂いや汚れが付いてたら早苗ちゃんが可哀想だから、仕方なくチェックしてるんです。ふむ、ブラジャーは大丈夫そうですね」
「へーえ、そう。じゃあ次はパンティね。よく見えるように広げてみたら?」
「そうですね。あそうだ、大事な部分が汚れていないか裏返してチェックしますね。えーとこうして・・ん?あれ?」
「どうしたの?もしかして変な染みがついちゃってる?」

 順子の言葉に早苗の心臓は早鐘を打った。自分が脱いだパンティを観察されるだけでも耐え難い屈辱だが、その上、染みなど発見されたら・・。

「いえ、染みは無いんですけど、股間の辺りが少し湿ってるかなーと思って」
「・・それって濡れてるってこと?ヤダ、まさか早苗ちゃんったら、オリエンテーリングの最中に変なこと考えてたんじゃないでしょうね」
「えーと、ちょっと匂いを嗅いでみます・・ふんふん・・ああ、どうやら汗みたいです」
「なーんだガッカリ」

 好き放題言われた上にパンティの大事な部分までしっかりと匂いを嗅がれてしまい、早苗は恥ずかしさのあまり泣きたい気分だった。

「下着チェックお終いと。あそうだ、汗臭いままだと可哀想だからこの服洗ってきましょうか?」
「それいいアイデアね。ちょうどキレイな川も流れてることだしね。でも黒坂くんだけに頼むのも悪いから、私も一緒に行くわ。ちょっと待ってて」

(え?洗う?)
 とまどう早苗を置いてけぼりに、黒坂と順子が勝手にどんどん話を進めてしまう。しかも順子が黒坂と一緒に去ってしまえば、自分はこの場に全裸で放置されるのだ。
(池下先輩、待ってください!)

「なに必死な顔してるのよ?」
 不意に順子が巨大岩の裏側へ戻ってきた。片手に紙袋を提げている。しかし早苗が脱いだジャージや下着は手にしていなかった。やはり黒坂の手に渡ってしまったようだ。

 暗い表情の早苗に、順子はケラケラと笑いながら言った。
「まさかその恰好のまま置いてかないわよー。私は先に戻るけど、この紙袋に着替えが入ってるから渡しとくわね。言っとくけどグズグズしないで着替えなさいよ」
「は、はい」

 最後の一言には有無を言わせぬ凄みが籠っていた。何があろうと逆らうことは許さない、とでも言わんばかりである。

 早苗に紙袋を手渡した順子は、黒坂と楽しそうに話をしながら巨大岩を遠ざかって行った。一人残された早苗は、やっとのことで着替えを手に入れた安堵感で溜め息をもらした。

(いつまでもこんな恰好でいたら風邪をひいてしまうわ)

 順子は「グズグズするな」と言ったが、そもそも順子と黒坂が余計な会話を交わしていたせいで無駄に時間がかかったのだ。そう文句の一つも言いたかったが、ともあれ、早苗は紙袋を開けて着替えの服を取り出した。

 だが、その服をまじまじと見た瞬間、早苗は言葉を失なった。
(こ、これは・・)

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